この1年間で人工知能(AI)が急速に普及する一方で、フェイクニュース、雇用喪失、ディープフェイクによる世論操作、偏ったアルゴリズムなど、多くの懸念が生まれています。
しかし、こうした不安の裏側には、AIが科学技術の進歩を加速させ、大きな社会課題に挑むための力となり得るという「明るい側面」も存在します。特にヘルスケア、なかでも製薬およびライフサイエンス分野では、AIが莫大なコストと長い期間、そして数々の失敗がつきものの創薬プロセスを変え始めています。
- 新薬開発には通常 10年以上 かかり、費用は 20億ドル を超えることもあり、市場に出るのは 10個中1個程度 にすぎません。
- Insilico Medicine や Exscientia のような企業は、AIを活用して通常 3〜6年 かかる探索・前臨床段階を大幅に短縮し、 18か月 や 11か月 で成果を出したケースもあります。
- データ品質、AIの「ブラックボックス問題」、そして規制の追いつきなどが、創薬におけるAI活用の主要な課題となっています。
従来の創薬パイプライン
伝統的な医薬品開発は、非常に複雑で時間のかかるプロセスです。まず科学者たちは、疾患に関与する標的(多くはタンパク質)を特定するところから始めます。こうした標的タンパク質は、複雑にねじれたり折り畳まれたりした構造を持っています。研究者はコンピュータプログラムを使って、標的タンパク質のデジタルモデル(立体構造)を画面上で可視化します。これがいわゆるin silicoモデリング(インシリコ・モデリング) です。 そして、新しい化合物が結合できそうな「ドッキングスポット」を探します。まるで船が停泊場所を探すようなイメージです。こうして設計された化合物は、一つひとつ原子レベルから構築されていきます。
化合物が合成されると、研究者は次にそれを生きた細胞に対して試験します。しかし、その結果はしばしば期待外れになります。細胞が大量に死んでしまうこともあり、原因が特定できない場合も多くあります。生物学的システムは極めて複雑であるため、実験薬の挙動は予測が困難なのです。そのため、科学者たちは何年にもわたって化合物の改良や調整を繰り返さなければなりません。
長い研究期間を経ても、有望だった化合物が 発がん性、有害な副作用、他の薬剤との相互作用、長期的な耐性の形成、免疫学的問題 などの理由で開発中止となることも珍しくありません。
運が良ければ、研究者は前臨床段階で十分に効果を示す化合物を見つけ、ようやく臨床試験へと進むことができます。
従来型の創薬プロセスを示す3つの厳しい現実
- 期間:初期探索から承認まで 10年以上
- 費用:1つの薬を市場に出すまでに 20億ドル以上
- 成功率:臨床試験を通過して承認されるのは 約10分の1
このように、高リスクで試行錯誤に頼る従来のアプローチは、創薬を産業界で最も資源集約的な取り組みのひとつにしています。
しかし、AI、特に 大規模言語モデル(LLM) や 生成AI の技術は、このプロセスを根本から再定義する可能性を秘めています。
それは一夜にして革命を起こすような劇的な変化ではないかもしれませんが、ワークフロー全体において 着実で意味のある改善 をもたらすことが期待されています。
AIによる創薬への道のり
1981年、フォーチュン誌の表紙には、コンピューターが創薬をより良い方向へ変えるだろうという見出しが踊っていました。記事では、科学者たちがどの分子を試験すべきかを判断するためにコンピューターの可視化技術を利用している様子が紹介されていました。確かにコンピューターは創薬プロセスに変化をもたらしましたが、薬剤開発における最大の課題は、マウスをクリックするだけで消えるようなものではありませんでした。科学者たちは、当時の最新技術であったニューラルネットワークが患者データの中からパターンを見つけ出し、なぜ治療が効く人と効かない人がいるのかを説明できるのではないかと考え始めました。そして年月が経つにつれ、AIは医療記録のパターンを見つける以上のことができると認識されるようになりました。
転機となったのは2020年です。DeepMindが開発したAIシステム「AlphaFold」が、タンパク質が最終的にどのように折りたたまれるかを予測できることを証明したのです。このAIは、アミノ酸配列からテンプレートや進化的に関連する配列を活用し、タンパク質の三次元構造を決定するという、長年科学者を悩ませてきた問題を解決しました。この研究および開発の功績は高く評価され、2024年のノーベル化学賞受賞にもつながりました。
では、AIによる創薬は実際にどのように機能するのでしょうか。
創薬に関わるそれぞれの化合物(薬剤分子、添加剤、懸濁液やコロイド系の成分など)は、化学構造やSAR(Structure-Activity Relationship)、薬物動態(PK)と薬力学(PD)、そしてADMET(吸収、分布、代謝、排泄、毒性)といった特徴を持つデータポイントとして扱われます。これらの化合物は、膨大なデータセットを用いたハイスループットスクリーニングによって解析され、さまざまな数値データが用いられて評価されます。
例えば、候補となる薬剤は、標的への結合の強さ、体内での挙動、安全性、安定性、そして効果の可能性といった観点から評価されます。モデルが適切に訓練されれば、治療効果が似ている分子や化学的特徴が近い分子ほど、計算空間上で互いに近い位置に配置される傾向があります。
医薬品開発の各段階におけるAIの変革
標的の特定
標的の特定とは、どの遺伝子やタンパク質が疾患に関与しているかを明らかにするプロセスです。AIは、複数の層から構成される膨大で複雑な生物学的データセットを同時に処理し、統合します。
言い換えると、AIはこれらすべての情報をまとめて解析し、ある化学構造やタンパク質構造をどのように変化させれば、あるいはどのような特性を持たせれば、特定の疾患に対してより有効になるのかを包括的に理解します。このような全体的で相互に関連した視点を、膨大すぎるデータ量を前に人間の研究者が手作業でまとめるのは極めて困難です。
業界事例
例えばアストラゼネカは、従来型の創薬というより遺伝学・データ解析寄りの例ですが、2026年までに最大200万件のゲノムを解析する計画を発表しています。目的は、病気の進行や治療反応に関連する微細な遺伝的変異を特定することです。この膨大なゲノムデータを処理できるのは、AIが大規模データを効率的に扱えるからです。
分子生成
この段階では、AIは既存の化合物ライブラリをスクリーニングするだけではありません。AIはデ・ノボ設計や分子ドッキングを行い、まったく新しい分子を生成・評価します。ここでは、推論機能を持つLLMベースのMoEモデルや科学用途向けマルチエージェントAI、その他の生成モデルが活用されます。既存分子のハイスループットスクリーニングに加え、AIは独自の新しい分子構造を生成することもできます。
AIは分子を生成しながら同時に最適化も行います。薬効(ポテンシー)だけでなく、安全性やADMET特性など複数の要素を同時に最適化できるのです。GAN(敵対的生成ネットワーク)や強化学習(RL)などの高度な手法は、このようなデ・ノボ創薬に特に有効で、反復学習によって特定の目的に適した分子を生成・評価します。
業界事例
Insilico Medicineは、特発性肺線維症という肺疾患に対する新規候補薬をAIプラットフォームによって開発しました。標的決定から前臨床試験に進める候補分子ができあがるまで、わずか18か月でした。ExscientiaはPKC-Thetaという標的に対する高活性阻害剤をAI設計プラットフォームで11か月で創出しています。従来なら前臨床段階だけで3〜6年かかることを考えると、これらの期間は従来では考えられない短さです。
ただし、これらの期間はおもに探索と最適化のフェーズ、つまり標的を決めてから有望な候補分子ができるまでの部分に対応します。正式な臨床プロセスの開始前までの話です。
合成
AIの役割は計算科学だけに留まりません。ラボ実験とAIを循環させる「lab-in-the-loop」アプローチによって、物理的な合成段階にも影響を与えます。実験データ、ラボ検証、臨床データなどがAIモデルの再学習に使われ、改善されたモデルはより良い予測を行います。例えば化合物の特性や合成ルートの予測などです。そしてその予測が再びラボで検証され、新しいデータが生成され、またAIが学習するという、予測・検証・改善の継続的なループが形成されます。
業界事例
IBMは「RXN for Chemistry」という化学反応予測AIを開発しており、ディープラーニングを使って合成に適した反応経路を提案します。AIは化学者が思いつかないルートを提示することもあり、数か月分の計画作業を節約できます。
臨床試験
患者が参加する後期段階でも、AIは大きな効率化をもたらします。
- 臨床試験プロトコルの設計最適化
- どの患者が薬に反応しやすいか、副作用リスクが高いかを予測し、層別化を支援
- 初期データから試験結果を予測する
このようにAIは臨床段階でも効果を発揮します。
創薬におけるAIの広範な導入を妨げる課題
AIがもたらす可能性は非常に大きく、AIによって発見された分子がすべての臨床フェーズを完了できる確率は、従来の5〜10%から約9〜18%へと改善すると予測する見方もあります。しかし、現在のところAIが設計した医薬品はまだ市場に到達していません。Recursion や Insilico など一部企業はフェーズII試験まで進んだ候補化合物を持ち、安全性も示していますが、それでもなお根本的な疑問が残ります。
もしAIがそれほど有用なら、なぜすべての薬がAIで開発されていないのか、ということです。
その理由には、主に3つの課題があります。
- データ品質。 AI、とくにディープラーニングモデルは、大量で高品質、かつ多様なデータを必要とします。しかし、生物学的データはしばしばノイズが多く、一貫性がなく、不完全です。さらに、データが企業内部の独自サーバーに閉じ込められているケースもあります。このようにデータが不十分だったり偏っていたりすると、AIモデルの予測は現実世界で正確性や信頼性を欠くことになります。質の悪いデータは、質の悪いモデルと不正確な予測を生み出します。
- ブラックボックス問題。 AIがどのように判断に至ったのか、そのプロセスを理解できない場合があります。ある特定の分子が効果的だと予測した理由や、安全性に懸念を示した理由をモデルの内部から完全に追跡するのは非常に難しい、あるいは不可能なこともあります。医学のように人命が関わる領域では、解釈不能性や透明性の欠如は信頼性と説明責任に対する不安につながります。また、規制当局にとっても大きな障壁です。薬剤を承認する前に「なぜその判断に至ったのか」を理解する必要があるためです。
- 規制の適応。 AI関連技術の進化は非常に速く、規制の整備が追いつけていません。特に医療データのような機微情報の扱いでは、データプライバシーに対応した新しい枠組み、創薬に使われるAIモデルの検証方法、データの完全性の確保、倫理的問題への対応などが必要です。EUでは2024年にAI法が正式に採択され、国際基準の整備に向けて大きな一歩となりました。しかし、これはまだ進行中のプロセスです。
まとめ
AIを創薬プロセスに活用することは、医療における最も困難な課題のひとつに対してゲームチェンジャーとなりつつあります。アルゴリズムが数か月で新薬候補を生み出すという話は信じがたいものですが、Insilico Medicine や Exscientia の事例が示すように、私たちは本当に大きな転換点に差しかかっているのかもしれません。
とはいえ、期待を過剰に膨らませすぎるべきではありません。これはすべての病気を一瞬で解決する魔法の技術ではなく、時間のかかるプロセスを大幅に改善しうる強力なツール群だと捉えるべきでしょう。
よくある質問
従来の創薬プロセスは非常に長く、費用も高額で、1つの薬を開発するのに10年以上、約20億ドルかかることもあります。生化学者たちは無数の試行錯誤を繰り返し、原子レベルで化合物を調整しながら有効な候補を探します。一方、AIを活用した創薬では、アルゴリズムが巨大なデータセットを解析し、数か月で新しい分子を生成することが可能になります。また、安全性、薬効、ADMET特性など複数の要素を同時に最適化することもできます。
AI創薬プラットフォームには、臨床試験の最適化を支援する機能が増えつつありますが、従来の臨床開発そのものを置き換えるものではありません。AIは患者層別化や試験デザインをサポートしますが、複雑な臨床データ管理や規制当局への申請プロセスを全て担えるわけではありません。
はい。機械学習は複雑な分子データの解析や治療効果の予測に特化しており、AI創薬プラットフォームの中核的技術です。
分子データとは、薬物化合物に関する化学的、構造的、生物学的な情報のことで、特性、相互作用、生体標的への影響などを含みます。
分子標的とは、タンパク質や経路など、治療介入の対象となる生物学的エンティティのことです。計算手法や機械学習によって特定・解析され、創薬において治療的に重要な標的を迅速に見つけるための中心的役割を果たします。
計算創薬とは、分子の特性や生物学的相互作用を解析し、その結果に基づいて薬剤候補を設計・最適化する方法を指します。分子、タンパク質、治療用化合物などの化学構造データを用いて行われます。
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